FUKUSHIMAへ(2011年8月)


 「私はすでに被爆しています。」
 震災ボランティア活動で一緒に作業した若い女性の何気なく語った言葉が忘れられない。原発から20キロ圏内に住んでいた彼女は県外の仮設住宅に両親と住みながら、毎日ボランティアに駆けつけている。すでに5回も引っ越したという。先に嫁いだ妹は原発直近の土地だったため他県に夫と移住。せめて自動車だけでも使いたいと願い出ても、放射能汚染がひどくて使用不可とのこと。仕方なく新車を買い求めたが、「いわきナンバー」にしていたために、他県でも冷たい視線を浴びてしまう。もうじき生まれてくる赤ちゃんのことも心配の種だという。

 『ヒバク』という言葉はナガサキの被爆者からしか直接は聞いたことがなかった。「放射能をつけちゃうぞ」とマスコミの記者に語り、辞任に追い込まれたお粗末な大臣がいたが、福島の人たちが心の中で抱いている不安や恐怖心を感じ取れないからであろう。もっとも高い線量の放射能が放出された3月15日には何も知らされずに多くの人々が被爆させられた。パニックを恐れ、安全デマを流しつづけた政府・東電・マスコミの罪は重い。
福島の今を知りたいと現地に飛び込んだぼくにしても、新潟から福島に入り、道路標識の浪江町とか南相馬市などという方向表示を見つけると思わず息が止まりそうになった。我ながら情けなかった。原発に近いいわき市では人々は少なくとも外出を控え、マスクは必ずしていると思っていた。しかし、いわき市でマスクをしている人はほとんどいなかった。これは意外だった。

盆明けから1週間を福島県のいわき市に行ってきた。ボランティア休暇が取れることを友人から聞き、すぐに申請をした。行くなら原発のある福島と決めていた。区の社会福祉協議会と市の消防局をはしごし、高速道路無料許可書をゲット。単身いわき市へと車で向かった。中国自動車道から北陸自動車道経由が分かりやすかったので覚悟の上の遠回り。

 1日目は福井県の敦賀ICで下車し、宿泊した。せっかくのチャンスなので原発銀座を遊覧してみようと思った。途中で「あっとほうむ」という看板を見つけたので立ち寄ってみた。
 福井県敦賀市にある原子力の科学館「あっとほうむ」は親子連れで賑わっていた。クイズやゲームを通して原子力とエネルギーについて学ぶ『学習遊園地』らしい。緑色に点滅するウラン235を踏み、核分裂をつぎつぎに起こさせる核分裂ゲームに興じる子ども達。パソコンを使ったバーチャルゲームはかなり豪華で、迫力もあり大人気だったが、最後は原発はCO2を出さないという結論に導いていく。入場は無料。財団法人のため潤沢な資金があるのだろう。敷地は広大で、施設設備は完備されている。理事長は福井県副知事。ふらっと立ち寄ったこの施設。閉館時間がせまりあわてて玄関を出るときには、子ども達の歓声が耳に残り、軽いめまいを覚えた。思わぬカルチャーショックだった。

 「あっとほうむ」を出た後、夕刻までに敦賀半島にある原子力発電所の美浜、ふげん、敦賀、高速増殖炉もんじゅを駆け足で遊覧した。
 最初に見たのは美浜原発。夕陽に映える原子炉建屋を目の前にみながら海水浴に、マリンレジャーに興じる人々の姿に思わず目を疑った。そう、ここがRCサクセッションが『ミッドナイトブルース』で歌った原発の見える海水浴場だ!f0266380_1730523.jpg
 後で宿の人に聞くと、「原発からの温排水は浄化されてきれいなのよ。」と一蹴された。

 山を隔てた太平洋側では福島原発のメルトダウンによりあれほどの事態になっているというのに、原発安全神話を児童や市民にまきちらす無神経さに唖然。美浜原発の目と鼻の先で海水浴やマリンレジャーに興じる人々に呆然。

翌日、いわき市をめざし車を飛ばした。いわき市は原発関連業者の宿泊先になっているため、宿はなかなかとれなかった。ようやく見つけたビジネスホテルで素泊まり8千円。公園でのテント泊は放射能汚染のため禁止されており、明日からは車中泊を覚悟していた。たまたま知り合ったボランティアの人が大変親切な方で、ボーイスカウトの宿泊訓練用に知り合いが自力で建てたという山小屋に無料で泊まらせてくれた。本当にラッキーだった。3日間一緒に宿泊した。空き巣や窃盗団が横行し、液晶テレビなどが盗難にあっていることや、市長が一時逃亡(?)し、市政がマヒしたこと、隣家がある日突然何も言わずに引っ越してしまったこと、いわきの人でも南相馬市に行ったときには車のエアコンを思わず外気から内気循環にしたことなど、地元でしか聞かれない話も伺うことができた。毎日通った銭湯のおじいさんはボランティアは100円割引と200円にしてくれた。

 ボランティアの仕事は1日目は小名浜港付近にある高校前の溝さらいだった。溝蓋をあげ、砂や泥をスコップでかき上げ、土嚢を作った。20名で500袋ぐらい作ったが、まだ全行程の3分の1程度だった。熱暑の中、マスクに軍手では消耗戦だった。
 翌日は知り合ったボランティアの方から誘われて、地震で半壊した家の片付けに参加した。ものすごい地割れで家が半壊し、地面は1m以上波打っていた。不要品は焼却場や仮置き場に、必要なものは仮設住宅へ軽トラで運んだ。3日目の作業中、震度5弱の余震を体験した。横揺れに縦揺れにと10秒ほど続き、肝を冷やした。初めて体験する揺れだった。

「九州で大震災が起きたら、すぐに駆けつけるからね。」
と帰り際に言われて苦笑いするしかなかった。はたしていわき名物「めひかり」の干物を肴に共に酒を酌み交わせる日は来るのであろうか。

いわきの子ども達をサマースクールに無料で呼びたいとぼくは真剣に考えている。


【追伸】気になったので帰宅後に原発から出される温排水について調べてみました。あなたはどちらを信用しますか。

九州電力HPより

Q.温排水の中に放射能は含まれるのですか。
A.原子力発電所では、管理区域内で使った雑用水や、修理や点検時に着た作業衣を洗濯した水の中に、微量の放射性物質が混ざることがありますが、それらの廃液は蒸発処理し蒸留水にしており、また放出する場合には、フィルター等を通したうえで放射能の濃度が十分低いことを確認し、冷却水(海水)と一緒に放出することにしています。
 従って、海へ放出する放射性物質の海水中での濃度は、十分低く抑えられており、人体に影響がないよう管理されています。


京大原子炉実験所・小出裕章氏
「原発温排水が海を壊す」~原発からは温かい大河が流れている~ 以下、引用。

 温排水は単に熱いだけではなく、化学物質と放射性物質も混入させられた三位一体の毒物である。まず、海水を敷地内に引き込む入り口で、生物の幼生を殺すための化学物質が投入される。なぜなら海水を敷地内に引き込む配管表面にフジツボやイガイなどが張り付き、配管が詰まってしまっては困るからである。
 さらに、敷地から出る場所では、作業員の汚染した衣類を洗濯したりする場合に発生する洗濯廃水などの放射性廃水も加えられる。日本にあるほぼすべての原子力施設は、原子炉等規制法、放射線障害防止法の規制に基づき、放射性物質を敷地外に捨てる場合に濃度規制を受ける。原子力発電所の場合、温排水という毎日数百万トンの流量を持つ「大河」がある。そのため、いかなる放射性物質も十分な余裕をもって捨てることができる。洗濯廃水も洗剤が含まれているため廃水処理が難しい。原子力発電所から見れば、苦労して処理するより薄めて流すほうが得策である。
 たとえば、昨今話題となる核燃料サイクルを実現するための核燃料再処理工場は、原子力発電所以上に膨大な放射性物質を環境に捨てる。ところが、再処理工場には原子力発電所のような「大河」はない。そこで、再処理工場は法律の濃度規制から除外されてしまった。逆にいえば、原子力発電所にとっては、温排水が実に便利な放射能の希釈水となっているのである。
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by yasutin2013 | 2013-03-29 16:59  

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